死んでも消えないもの「わすれられないおくりもの」
こんにちは。
台風が過ぎ去り、ある程度予測できた災害でも、天災から逃れることは難しいのだなぁと自然の脅威に慄いているくるみです。
被害に遭われている方が一刻も早く穏やかな暮らしを取り戻せますように、心からお祈り申し上げます。
この夏、大好きだった伯母が亡くなりました。
母とは性格が合わず、年々すれ違う部分を多く感じているのですが、母の姉であるその伯母には共感できる部分が多く、親しみを感じていました。
子供がいなかった伯母は姪っ子甥っ子を自分の子供のように愛してくれました。
明るく、よく笑う彼女は、みんなに慕われ、彼女の周りにはいつも笑顔が溢れていました。
親しい人が亡くなったのが初めての私は、思い出してはメソメソして、想いを消化できずにいます。
思っていたより早かった別れを、とてもとても残念に思います。
もっと相談したいことがあったのに。
もっと話をしたかったのに。
もっと子供たちと会いにいけば良かった。
……
また、死ぬということについて、ふとした時に、考える時間が増えました。
これから、親もどんどん老いて、自分も家族も友達もだんだん老いて、死を経験することが増えていくでしょう。
考えたくはないけれどもしかしたら、万が一、生きている間に子供の死に直面することもあるかもしれません。
これから出会う死を、私は乗り越えていけるのだろうか…
そんな死にまつわる心のささくれを鎮めて欲しいときにも、絵本は助けになります。
身体がなくなっても残るもの
アナグマは何でも知っていました。もう自分が長く生きられないことも知っていました。ただ、後に残していく友達が悲しむことだけが気がかりでした。友達の楽しそうな姿を見て幸せな時間を過ごした夜、アナグマは夢を見ました。長いトンネルの中を走る夢。アナグマはとうとう死んでしまったのです。
今回は思いっきりネタバレになってしまいそうです。
(まっさらな気持ちで絵本を楽しみたい方はこの先はご遠慮ください。)
アナグマが心配した通り、友達は悲しみでいっぱいです。
悲しみのまま雪が覆い、冬を越え、春になって、みんなはアナグマとの思い出について少しずつ話し始めます。
アナグマはみんなにそれぞれ豊かに暮らせる知恵や工夫という宝物を残してくれました。
モグラにはハサミの使い方を。
カエルにはスケートの滑り方を。
キツネにはネクタイの結び方を。
ウサギにはパンの作り方を。
豊かに生きていける術を教えてくれたアナグマ。
暮らしの中でふとその豊かさを噛みしめるとき、みんなはアナグマを思い出すのでしょう。
教えてくれた場面、アナグマの言葉遣いや表情を思い出すとき、みんなの記憶の中でアナグマは生き続けています。
アナグマの身体はなくなっても、自由になったアナグマは生き続けているのです。
魂があるとかないとか、心と身体は分けられるとか分けられないとか、そのような議論には詳しくないのですが、このように考えると、誰かが死ぬとき、何も残らないということはまずありません。
一緒に過ごした人には思い出が残ります。どんなに小さな赤ちゃんであっても、お腹にいた時の思い出は残ります。
伯母のことを思っても、私の記憶にはまだ伯母の姿があります。
もちろん全てが記憶に残っているわけではありません。
残っているのは、言われて嬉しかった言葉や、大笑いした思い出、ソフトクリームを食べながら運転していた横顔、作ってくれたおにぎりの味、言い争いしたこと、少し嫌だったこと…など。
残っている記憶は、その時の私の心に響いた出来事が多いです。
おそらく、良い方にも悪い方にも大きく心を揺らしたことは記憶に残りやすいのだと思います。
ふと、私が死んで、みんなの心に残ることはどんなことだろうかと考えます。
それが嫌なことでなくて心が温まるような場面だったらいいな。
願わくば、アナグマのようにその人の人生を豊かにすることであったら…。
けれど…
子供達にはガミガミと怒る恐い顔、夫には家事をダメ出しする冷たい顔、母には心を開いていない不満そうな顔。
今のままではそんな記憶が残ってしまうのではないかと不安になりました。
楽しそうな友達を幸せそうに眺めるアナグマのように、穏やかな気持ちで人に優しくしたい、と改めて思います。
ひめは、アナグマが死んだとき、信じたくない気持ちからか、「これも夢なんでしょう?」と言っていました。
三途の川のように用いられているトンネルの夢の比喩がわからなかったのかもしれません。
もう少し、ゆっくり読み聞かせをした方がいいのかな。
私はアナグマが、トンネルの中で、動きにくくなった身体から自由になって走る場面が印象的でした。
老化であれ、病気であれ、うまく動かない身体から解放されるということが、死だとしたら、清々しいものなのかもしれません。
実際は、どんな感じでしょうね。
経験した人には聞けないですもんね。
もし、私が無事年老いて、自分で死期を予感するようになったら、その時にもう一度読みたい絵本です。きっと死が怖くなくなると思います。
そして、それまでにたくさんのものを周りの人にプレゼントしていたいです。
森の動物たちの絵も優しく、心に残る絵本です。皆さんも是非。
子供に食べさせたいのなら「ごはんのじかん」
こんにちは。
やっと秋めいてきて、寒いのは寒いので苦手なんだった、と毎年のように思うくるみです。
子育て中の方々、子供のお世話で1番憂鬱に感じる時間はいつですか?
喧嘩の絶えない日中の時間?
宿題をやらせるのに疲れる放課後?
自分のペースで入れないお風呂?
なかなか寝ないせいで、こっちが寝落ちしそうな寝かしつけ?
どの時間もそれなりに大変ですが、私が憂鬱なのは、断然ご飯の時間です。
1番下が3歳となり、子供のお世話が少し落ち着いてきた我が家ですが、ご飯の時間はなかなかにストレスを感じる時間です。
男子なのにあまり食べないにーさんを始め、ちびと同じくらいの量しか食べないひめ、食べたいものだけ食べるちび。
食べることにあまり興味がないので、全く集中して食べません。
それなら、今日あったことなど話しながら和やかな団欒の時間に、と思いきや、話し始めると、クイズなどの遊びになったり、口喧嘩を始めたりします。
「前を向いて食べなさい!」と何度も言い、結局ちびの口には一口一口食事を運び、上の2人もとにかく時間がかかるので、なかなか片付けることもできず、イライライライラ…
そんなに私が作ったご飯が美味しくないのか!!
と叫んで、ちゃぶ台をひっくり返したいです。
(実際はテーブルで食べてるんですけど。)
あぁもぉ!本当は楽しい食卓にしたいのにっ(泣)!!
そんな私をクールダウンさせるのにぴったりの絵本がありました。
子供に食べさせたいのなら
「ごはんよー」と呼ばれた女の子。お絵かきに夢中だった女の子は嫌々ながら食卓につきます。すると、絵から抜け出したワニ、クマ、オオカミがやってきて…。食べたくない子供の気持ちに寄り添ってくれる絵本です。
子供は欲求に忠実。
時計や栄養バランスで食べているわけではないのです。
食べたいときに食べたいものを食べたい!
いやいや、本当は誰だって、大人だってそう。
そういえば、私も1人ランチは好きな時間に適当なものを食べています。
やりたい事がある時はささっと済ましてしまったり。
何かを夢中でやってる時は食事に時間をとられたくはないものです。
ただ、大人になるにつれて、栄養バランスの重要性や、現実的な時間の問題、作ってくれた人への気遣いを学び、文句を言わず、時間を決めて食べるようになるのですね。
子供に食べさせたいのなら、とにもかくにも、空腹にさせるのが1番。
改めてそれはそうだよなぁ…と納得させられました。
ひめとちびは「私はワニが好き!」「〇〇ちゃんはクマ!」と動物が気に入ったみたいでした。
女の子が描いた模様がとても愛らしい動物たちです。
子供が食べたくないとき、こんな動物が来て、「すてきなごはん!」と言って美味しそうに代わりに食べてくれたら、子供も私も救われるのになぁ、と、夢見てしまいました。
明日から空腹を意識しておやつの食べ方を見直してみようっと。
探究心を育む絵本「あめがふるときちょうちょうはどこへ」
こんにちは。
今週はなんだか体が重いくるみです。
にーさんは小学校5年生ですが、勉強が難しくなるにつれて、だんだん科目の好き嫌いが出てきました。
幼い頃、幼稚園バスで先生に計算問題を出してもらって喜んで帰ってきたり、科学の絵本が好きだったので、てっきり理系の教科が好きなのかと思っていたのですが、「理科は嫌い」と一蹴されました。
社会が好きらしいです。
逆に、小学校に入るまで足し算もほとんどできなかったひめですが、日々の会話から、理科が好きになるかもしれないな、と思うことがたびたびあります。
「(湯気を見て)わぁ、すごいいっぱい白くなってる!どうして?」
「(トマトを切って)こうやって切るといつもの切り方と違う模様になるんだね。」
「(マステを使いながら)どうしてくっつくんだろう?」
身の周りの不思議について考えたり、不思議だと思う気持ちが強いです。
にーさんは新しい知識を得るのが好きで、ひめは知らないことを体験することが好きなようです。
私自身は悩みに悩んで理系に進みましたが、どちらかというとにーさんタイプで、理系にはそれほど向いてなかったような気がしています。
理系の研究では、「どうなっているんだろう?」「見てみたい!」「こうやったらどうかな?」という気持ちを持続することこそが1番大切なのではないかと個人的には思います。
答えを探す過程も楽しめる人が向いているのではないでしょうか。
ひめはまさにその過程を楽しめる気がします。(若干飽きっぽくもありますが)
そこで、そんなひめを思い浮かべて選んだ絵本が今日紹介する絵本です。
静かな探求心
ポツポツポツン。雨が降ってきたら皆さんは傘をさしますね。でもミツバチやウサギやアヒルはどうするのでしょう。やさしい翅をした蝶々はどこへいくのでしょう。様々な動物に想いを巡らせ、静かに語りかけ、なぜと思う心に寄り添うような絵本です。
蝶はひらひらと薄い翅を羽ばたかせて飛びます。
その翅はとても心もとなく見えます。
雨で濡れてしまったら、どうなるのでしょう。
題名が示すように、この疑問から始まります。
そして、他の動物は雨の時どうするのだろう、と考えていきます。
この絵本のステキなところは、穏やかで優しく語りかける口調と、科学的な内容の絵本なのに何も難しいことを言わないところ、結論を言わないところだと思います。
まあ逆を言えば、真相を知りたい人にとっては物足りない本、とも言えます。
新しいことは何も教えてくれません(笑)
でもそこがいいなと思って読みました。
疑問を共有している感じがするのです。
確かに、蝶はどうしているんだろう、今度見てみようかな、という気持ちが湧いてきます。
それこそが正に科学の入口だと思います。
ひめは静かに聞いていましたが、最後まで聞いて「教えてくれないんだぁ」と驚いていました。
いつか自分で発見してみてね。
最近ウサギにはまっているちびは「うさぎさんいるかな。」「いたぁ!!」と、うさぎのページで盛り上がり、お話自体は聞いてるんだか聞いていないんだか。
3歳には少し難しいかもしれません。
あまり色彩のない絵は、雨の情景を映してるようで美しいです。
また、文章の柔らかい雰囲気がとても好きでした。
昔の絵本の言葉って少し馴染みのない言葉があったりもするけれど、趣きがあっていいですね。
背筋が伸びる感じがして、自然にゆっくりと発音できます。なんでなんでしょう…
皆さまも是非。
あめがふるときちょうちょうはどこへ (世界の絵本ライブラリー)
- 作者: メイ・ゲアリック,レナード・ワイスガード,岡部うた子
- 出版社/メーカー: 金の星社
- 発売日: 1974/08
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (7件) を見る
だれのお手紙かな?「いろいろおてがみ」
こんにちは。
夜型と朝型の狭間でふらふらしているくるみです。
なかなか完全な朝型になれません。
さて。
皆さんはお手紙を書くことはありますか?
メールやラインで気軽にメッセージを送れる現代で、どのくらい手紙は書かれているのでしょう。気になります。
私はというと、先日の敬老の日に、ちびが幼稚園で作った絵を両親に送るために手紙を同封しました。
年に何回か、子供絡みでそんなことがあるくらいです。
あとは、たまに子供に置き手紙して、用事を伝えることもあります。
でも、これは手紙というかほとんどメモ…
私の母はお手紙が好きです。
メールにあまり親しみを感じていないお年寄りは、手紙好きの方も多いのでしょうか。
でも、義母は手書きするのが嫌みたいで、手紙もあまり好きそうではありません。まあ人によるのでしょうね。
お年寄り以外でいうと、スマホもパソコンも持たない子供はお手紙が大好きですよね。
ひめは近所のお友達とお手紙交換して遊ぶのが大好きです。
ポストに行かずとも郵便受けに直接入れられるのであっという間に届き、お返事を書いたり、楽しそうです。
中高生はどうなのでしょう。
私が学生の時は授業中に回したり(良い子はマネしてはいけません。)、絵が上手な友達が似顔絵を描いたり、先輩とやり取りをしたり、可愛い手紙の折り方を知っている友達を尊敬したり…手紙にまつわる思い出が多くあります。
今はどうなんでしょう。
私たちの世代になるとお手紙のやり取りはほぼしませんよね。
年賀状くらいでしょうか…
デジタルツールでのやりとりが主流になってから、手紙の存在は、より堅く重たくなった気がします。
突然友達から手紙をもらったら、何事だろう??と思ってしまいます。
今は、100均でも可愛いレターセットがあって、買って使いたいのですけど、なかなか書く相手がいません。
ずいぶん前に、ほぼ日ストアでミナペルホネンのまん丸いレターセットを一目ぼれして買ったのですが、それもまだ全然使えていません。
そう、手紙には便箋選びの楽しみもありますよね。
今日は便箋を見るのも楽しい可愛い絵本を紹介します。
だれのお手紙かな?
はなちゃんはお手紙が大好きです。くるかなくるかな、と待っていると次々にお手紙が届きます。黒い模様、しましま模様、もこもこ、大きいの、小さいの、誰からかな?特徴的な封筒かを見て差出人を当てるのも楽しい絵本です。
表紙をめくると満面の笑みのショートカットの女の子。
その笑顔だけでも心がほっこりします。
ページをめくると、まずは白地に黒いぶち模様の封筒。
封をしているのは牛乳パックのシール。
だれからかな?
クイズ好きの子供の心を掴みます。
もぉーと鳴くあの子かな?
と、ページをめくると、開いたお手紙と吊りズボンを履いた牛くん。
手紙の最後に書かれた名前を見つけ、「もうたくんって言うんだね!」とひめ。
「やっぱりうしだぁ!」とちび。
そんな風に次々と郵便受けに来るお手紙を開いていくのです。
途中で誰だかわかりにくいお手紙や、最後に嬉しいお手紙もあって、子供にはとっても楽しい絵本でした。
私は、はなちゃんが真剣にお返事を書いている姿が可愛くて好きでした。
はなちゃんはやっぱり、お花の模様の便箋!
くるかな?だれからかな?どんな便箋かな?
お手紙にはわくわくがたくさんありますね。
お手紙の魅力を再発見できる絵本でした。
誰でもない自分の人生「あな」
こんにちは。
月曜が祝日の週は曜日感覚が狂い、回り回ってなぜだか木曜日が金曜日気分のくるみです。
さて。
皆さんは今の人生に満足していますか?
突然の重いテーマですみません。さらっと読んで頂ければ幸いです。
現在、ほとんど専業主婦の私。
毎日ご飯を作って、食べさせて、送り出し、片付けて、洗濯や掃除して、帰ってきた子供におやつをあげ、習い事の送り迎え…
昨日も今日もたぶん明日も…同じような毎日です。
特別、社会に貢献しているわけでもありません。生産性もありません。
坐骨神経痛になってからは、お年寄りと一緒に並んでブロック注射を打ったり、マッサージを受けたり。
同年代の看護師さんたちに優しい言葉をかけられて、その優しさに泣きそうになり、仕事っぷりに尊敬の念を抱きます。
進学校だったため、学生時代の友達は皆バリバリ働いてすごい人生を送っていて、フェイスブックなどを見ると圧倒されます。
もはや羨ましいというレベルでもありません…
以前の私なら、周りと比べて自分の不甲斐なさを嘆き、苦しんでいたと思います。
けれど、最近はそうでもありません。
いい意味でも悪い意味でも、顕示欲や出世欲のようなものがなくなりました。
いろいろと手がかかったにーさんを産んで育てているうちに自分の内面はかなり変わってきて、それが関係しているのは間違いないです。
年齢を重ねたせいもあるし、マイペースな夫の影響もあります。
また、2011年の災害から、普通に生きていることがありがたいことだと思えたのも大きいです。
理由はともあれ、まあこれはこれで自分だなぁ、と思えるようになったのです。
なぜ、こんなことを語っているかというと、この絵本を読んで漫然と考えたから、です。
では、とりあえず絵本の紹介を。
これはぼくのあなだ。
日曜日の朝、何もすることがなかったのでひろしは穴を掘り始めました。お母さんや妹や友達やお父さんが来て、言葉を交わし、その間もひろしは掘り続けます。掘った穴の中に座っているひろしに、またみんなが話しかけます。淡々と流れる時間とひろしと穴。不思議な世界観の絵本です。
ストーリーとしては、ひろしくんが穴を掘る、穴から出る、埋める、それだけです。
家族や友達はその姿を興味深く見て、皆それぞれの感想や提案をしますが、ひろしくんは気にせず、掘り続けます。
できた穴に座って静けさと土の匂いを感じていると、またみんなはやってきて、穴についてそれぞれコメントを残していきます。
そして、空の色が変わった頃、ひろしくんは穴から出て、穴を眺め、穴を埋めます。
久しぶりに読み聞かせに参加したにーさんは、「掘ったのに埋めて、1日何してんだよ」とつっこんでいました。
そうなんです。本当に、それだけの絵本なのです。
なのに、読後も気になって仕方ありません。
これは ぼくの あなだ
というひろしくんの言葉が特に心に残りました。
それで、前述の話に続く、自分の人生についてを考えることになったのです。
もし、人生が穴を掘ることだとしたら…
子供の頃の私は、穴を掘り続ければ、特別な何かが起こるはずだと思っていました。
例えば、温泉を掘り当てるとか、油田を見つけるとか、もしくは他の誰かと運命的に出会うとか。
掘っていればドラマティックな何かが起こったり、光差すどこかに辿り着けると思っていました。
むしろ、そこを目指して掘らなければいけないと思っていたのです。
そして、思春期や学生時代。どこを掘ったらいいのかわからず悶々とします。
周りの人達は既に大きな穴、深い穴を確信を持って掘っているのに自分は全然掘れていません。
少し掘ってはここではない気がして、途方にくれ、それでもとにかく掘らなければと焦ります。
結局、ただなんとなく掘り続けて今に至ります。
後から思えば、違うところを掘ったら良かったかな、という曲面も何度もありましたが、とにかく掘りました。
そして、今も掘り続けています。
掘り続けたのでとりあえず穴はできます。
時々は休憩して見上げたりして。
さらには最後に穴全体を眺めるときに。
これは ぼくの あなだ
誰のものでもなく自分の穴だなぁ、と思うのは悪くないです。
人生とはつまるところ、そういうものなのかもしれません。
そんな風に思えるのは自由があるからこそです。ありがたいです。
私の拙い文書力で、どれほど伝わるのか、かなり不安ですが、私の思ったことはそんなことです。
単純にひろしくんの子供らしい休日の過ごし方を楽しんでもいいし、含みのある絵本なので、私のように何か考えるきっかけにしてもいいかもしれません。
絵本の向き、表紙の穴から眺めた景色も味わい深い1冊です。
敬老の日におすすめの絵本「おばあちゃんのあかいマント」
こんにちは。
久しぶりに公園でバドミントンをして、楽しかったくるみです。
さて。今日は敬老の日。
おじいちゃん、おばあちゃんに感謝を伝える日、送ってきた長い人生を労う日ですね。
ちびが幼稚園で作ってきた絵にひめが描いた絵も同封し、一昨日ポストに投函しました。
でも、3連休って配達されるのかな…
私自身が東京に住んでいて、大分に住んでいる祖母の家に行っていた経験から、おじいちゃんおばあちゃんというと、ザ・日本家屋に住んでいて、昔ながらの暮らしをしていて、遊びに行くと普段はなかなかできない海遊びや山遊びができる、という印象が強いです。
実際、絵本でもそういうおじいちゃんおばあちゃん像のお話は多いように思います。
けれど、時代は令和。
都会で現代的な暮らしをしているようなおじいちゃんおばあちゃんも多いのではないでしょうか。
子供たちの祖父母にあたる私の両親も義両親も、都会とは言えませんが、市街地に住んでいて、虫取りや採れたての野菜などとは縁遠いです。
子育ては自然豊かな郊外で、という家庭もあるでしょうし、孫の方が田舎に住んでいることもあるかもしれません。
今日の絵本は、大都会に住んでいるおばあちゃん、が出てくるお話です。
勇気をくれたおばあちゃん
「おばあちゃん、ぼく、とまりにきたよ!」と大きな街に引っ越したおばあちゃんに会いに来たぼく。人がいっぱいいて、大きな音がして、怖い物でいっぱいの街が好きになれず、眠れません。そんなぼくに、おばあちゃんは素敵な贈り物をしてくれます。すると、街が昨日とは違って見えて…。ぼくと一緒になり、なんだか勇気が湧いてくる絵本です。
初めての街で目に映ったもの。
満員電車、騒音、壁の落書き。全てが怖いものばかり。
おばあちゃんはどうしてこんな所に住んでいるのかと、ぼくは怪訝に思います。
そんなぼくにおばあちゃんはとっておきのプレゼントをくれ、それをきっかけに街のいい面が見えてくる、というお話です。(ネタバレしてますね、ごめんなさい)
赤い帽子の羽根、赤いメガネ、赤いバッグ、赤いブーツ。黄色いコート。
おばあちゃん、とってもおしゃれで可愛いです。
そして、新しくて楽しいことが大好きな、カッコいいおばあちゃんです。
知らないことを怖く感じる気持ち、ありませんか。
何でも経験したことがないものは、少し怖いものです。
けれど、やってみたり、知ってみると、とても楽しかったり、今よりいい状態になったり。
人に対してもいえるでしょう。
苦手そうに見えていた人が、とても楽しい人だったり。
話しかけてみないとわからない。でも、話すのが怖い。
心を開くことで世界は広がります。
そして、心を開くのに必要なのは、勇気。
おばあちゃんがぼくにくれたもの、です。
子供の頃は特に、経験したことがないことが多いので、次々に新しい扉を開いていかなくてはなりません。
勇気は生きていくのにとても大事です。
本当は大人だって、そうですよね。
1秒先の未来だって、誰も体験したことはないのだから。
人はいつでも新しい世界に進み続けているのです。
自分の中に壁を作らずに、行ったことない場所、知らないこと、知らない人、食べたことない物、たくさん体験して、豊かな人生を送ることの楽しさ。
それに必要な勇気。
この絵本が教えてくれます。
勇気には、全く自信がないのですが、勇気ある姿を子供に見せていきたい、と思える絵本でした。
首をのばして〜リラックス!「ぺんぎんたいそう」
こんにちは。
昨日も今日も異様に暑かったです。
幼稚園の送迎でシャワーを浴びたように汗をかき、若いママさんに嫌われやしないかとハラハラするくるみです。
坐骨神経痛が少し落ち着いてきたと思ったら、最近になって首と肩が痛くなってきました。
これ以上は痛くならないで、と祈るばかりです。
スマホやパソコン、読書など…現代人は前傾
姿勢になりがちだとか。
整体で肩甲骨を広げる運動を薦められて、思い出した時にやるようにしています。
やり始めるまでは面倒なストレッチですが、やると気持ちいいんですよね。
年とともに硬くなっていく身体。
子供と一緒にこんな体操はどうでしょう?
ベンギンと体操しよう!
大きいペンギンと小さいペンギンが、首を伸ばしたり縮めたり。ペンギンらしい可愛い動きが体操になりました。一緒にやってみましょう!いっちに、いっちに。あたまとおなかを〜…ぺったんこ!それは無理!小さい子供も楽しめる1冊です。
ベンギンはお好きですか?
短い手足でパタパタ歩く姿も、ぽってりした形も愛らしく、私は大好きです。
この絵本では、親子のような2頭のペンギンが一緒に体を動かして体操します。
パタパタと腕を振る姿に、「可愛い!」
ジャンプする姿にも、「可愛い!」
我が家の女子のハートを掴む彼ら(男なのかは不明)は、あれれ、よく見ると全然親子じゃないんですね。
違う種類のベンギンです。
それはそれで、とても可愛い!
種類は違えど動きは一緒。
頭をおなかにぴったりなんて、人間にはできませんが、ちびとひめは、「可愛い!」と言っては真似をして、全て一緒に体操していました。
大人も一緒におしりフリフリして身体も心もリフレッシュするのもいいかもしれません。
とっても癒やされます。