3つのたねに絵本の水を

3人の子供達に絵本の読み聞かせをしてます

自己肯定感なくてもいい「たいせつなこと」

こんにちは。
実家から持って帰らされた私の学生時代の思い出の品を、とっておくか捨てるか、途方に暮れるくるみです。

友だちや先輩と交換してた手紙など大量に出てきました。
読んでみるとあまりの下らなさ、中2病的な痛さに恥ずかし死にしそうなほど。

これ、私が死んだ時に子供に読まれるの嫌だなあと思いつつ、なんだか捨てられない。
今はまだ恥ずかしさが懐かしさに勝つけど、いつか逆転していい思い出になるんじゃないかと思ったりして。

恥ずかしさを圧し殺し、パラパラと読んでいたら、先輩からもらった手紙に、「自分のこと好き?」と質問が書いてありました。(思春期っぽい!)
それに対してあの頃の私はどんな返事を書いたのだろう…

絶対に好きだとは書いてないはず。
なぜって私は生まれてからずっと自己肯定感が低いのです。

自己肯定感って言葉が流行り始めてどのくらい経つのでしょう。
子育てのセオリーでもよく聞きます。
自己肯定感を育てましょう、って。

自己肯定感があれば自暴自棄にならず、前向きに物事に取り組める。
グズグズ悩んだりする時間も労力もかける必要がないので、心がクリアになり効率が上がる。
自分を愛せて初めて他人を心から愛せる。

わかる。子育てで大事なのも痛いほどわかる。

だけど、そうはいっても。
何か困ったことが起きたら… 

私ってなんてダメなんだ…グジグジ
あ、またグジグジ悩んでる。
そもそも私が自己肯定感ないのがいけないんだ。
あ、それもまた自己肯定してない。

と、負のループにはまるわけで。

子育てしてると、子供が自分の嫌な部分を引き継いでることがあって、本当に落ち込むのだけど、自己肯定感もその1つ。

にーさんの自己肯定感の低さが痛いくらいでして。

叱りすぎてるからかも。
愛情が足りないんだ。
比べないようにしてるつもりだけど比べてるのかも。
育て方が悪いんだ。

と、更に私の自己肯定感を下げていく。

親子でどんどん深みにはまっていくのです…

今日の絵本、そんな日常(いつもそんな暗いわけじゃないですが(汗))に疲れた時、心に沁みる1冊。

自己肯定感がなくてもいいのでは

グラス、りんご、風…
それぞれの特徴をしっとりと読み上げ、最後に「○○にとってたいせつなのは○○ということ」でしめる。その繰り返し。

何でもかんでもクイズにしてしまうクイズ大好きなにーさん。
途中で法則を見つけたらしく、「最初に言ったのがたいせつなんでしょ!」と、読んでる間に勝手に当ててくる。

わりと、文字の多い本ですが、言葉遣いが丁寧で詩的。
最後の「たいせつなのは…」という締めの言葉が気持ちよく読める。

りんごにとってたいせつなのはおいしいじゃなくて、たっぷりまるいこと。
雪は白いことだけど、空は青いことではない。
なんとも深い。
大人も楽しめる内容です。

そして、最後のページ。

大体予想できます。
そう来るんだろうなって。
でも心にグッときてしまう。

毎ページ勝手に答えを叫んでいたにーさんも、なぜかしんとしました。
何か受け取ったものがあったんだろうか。

これを読んだ後、自然と湧いてきたのが自己肯定感なんてなくてもいいのではないか、ということ。
一見矛盾しているようだけど、自分を認めるっていうのはそういうこと。

自己肯定感のない自分も無理に直す必要なんてない。

足が速い子と遅い子がいるように、自己肯定感だって高い子と低い子がいる。

にーさんが自暴自棄な発言をしたら「お母さんもそう思うことあるよ」って言ってあげればいいんだ。

今までもやもやしてたまっていたことがすとんと降りていきました。

5歳のひめには少し難しいけど、
誰もがきっと何かを感じとれる絵本です。

たいせつなこと (ほんやく絵本)

たいせつなこと (ほんやく絵本)