3つのたねに絵本の水を

日々思ったこと、子育てエピソードと共に、3人の子供たち(にーさん(小4)ひめ(年長)ちび(2歳))に読み聞かせた絵本を1冊ずつ紹介しています。週3回を目標に更新していきます。

クリスマスに読みたい絵本 人間味溢れるサンタさん「サンタおじさんのいねむり」

こんにちは。

気になっていた窓のさんを掃除したら、思った以上に満足して大掃除が終わった気分のくるみです。

もうキッチンの換気扇は忘れていることにしてしまおうかと…

 

毎年、前年よりも速く過ぎ去るように感じる1年に驚きつつ、今年も暮れようとしています。もうたったのあと半月。

やりたかったこと、どのくらい実現できたのか。

そろそろ今年の総括をしようと思うのですが、目の前には一大イベントであるクリスマスが。

クリスマスには家族をよんでクリスマス会を開くのが定着してしまったので、それが終わるまでは落ち着けません。

そして、無事終わったと思えば、冬休みに突入してしまい、1日中子供たちがいるのでバタバタし、そんなこんなのうちに帰省、年越し…ゴーンゴーン。

 

今年もそんな予感がします。

 

皆さんはどう過ごされるのでしょうか?

 

既にクリスマスが待ち遠しい我が家の子供たちですが、更に気分を高める絵本もおすすめです。

 

人間味溢れるサンタさん

イヴの夜。プレゼントを届ける途中でサンタおじさんはおくさんにもらったサンドイッチを食べて居眠り。それを見た森の動物たちは…。人間味溢れるサンタさんと可愛い動物たちのこころ温まるお話です。

 

たくさんいたり、寒がりだったり、おしゃれだったり、忘れんぼうだったり。

謎多きサンタさんは、人々の想像を掻き立て、たくさんの顔を持っています。

 

この絵本のサンタさんには奥さんがいます!

そして、奥さんに呼び捨てにされ、サンドイッチとコーヒーを持たされ、寝てしまうから途中で食べないように釘を刺されるのです。

なんて人間らしいサンタさんの生活感!

呼び方からしてサンタクロースでもサンタさんでもなく、「サンタおじさん」ですし。

 

さらには、食欲にも睡眠欲にもまんまと負けてしまうサンタおじさん……

溢れんばかりの人間味です。

 

ひめはサンドイッチを食べようとするサンタおじさんに「だめ〜!」と本気で叫んでいました。

 

もう、しっかりしてよ!と言いたくなる主婦目線の私ですが、森の動物たちはとても優しく、心が温まります。

 

私は、動物たちの行列のページが好きでした。

立っているシカ、前が見えなさそうなクマ、よそ見をしているタヌキ、みんなとっても可愛いです。

 

私が産まれる前の絵本なのですが、全く古さを感じさせない絵本でした。

 

うちにも無事プレゼントが届くかな。届けてくれるのはサンタさんじゃないかも?夢の広がる絵本です。

クリスマスに是非。

サンタおじさんの いねむり (日本の絵本)

サンタおじさんの いねむり (日本の絵本)

 

 

贈り物をする時に大切なこと「ふゆじたくのおみせ」

こんにちは。

寒くなると冬眠したくなるくるみです。

 

さて。クリスマスシーズン。

プレゼントを考えている方も多いと思います。

我が家はやっと、子供たちへのプレゼント(子供3人✕Mr.S+母+伯母)を選び、注文し、今日全部揃ってほっとしています。

豊かな生活や便利な流通、いつも子供たちを想ってくれる家族に感謝しつつも、ぐったりとしてしまい、恨みすら感じるこの時期。

 

ですが、忘れてはいけないこと、贈り物は何のためにするのかということ。

 

それは、自分が贈りたいから。

 

とてもシンプルです。

 

相手を喜ばせるためのプレゼント。

相手を想い、笑顔を願う気持ち。

 

今日はそれがストレートに伝わってくる温かい絵本です。

 

贈り物をする時に大切なこと

森に冬じたくのお店が開店し、葉っぱのお手紙を読んで森の動物たちが集まってきました。仲良しのクマさんとヤマネくんも一緒に行き、それぞれに買いたい品物を見つけます。このお店のお金はどんぐり。みんなどんぐりを探しに走り出しました。どんぐり集めに時間がかかってしまったクマくんとヤマネくんですが、お目当ての品物を買うことができるでしょうか。

 

大きなクマさんと小さなヤマネくん。

2人はとても仲良しで、並んでいる姿が対照的で可愛いです。

 

ふゆじたくのお店で売られているものも可愛くて、表紙の絵の、瓶などが並ぶ店内の様子は、可愛い雑貨屋さんのようでわくわくします。

 

落ち葉でいっぱいの秋の森が舞台のこの絵本は、茶色の占める割合がとても多く、読んでいるとカサコソと落ち葉の音が聴こえてきそうなほどです。

森の中にいる気分になれます。

 

あまりの茶色の世界に、ひめは途中、茶色くて小さいヤマネくんを見失い、「ヤマネくんどこ??」と探していました。(さすが保護色!)

 

クマさんとヤマネくんはお互いにプレゼントを買おうと考えるのですが、値段が全然違うのです。ヤマネくんだけ、どんぐりを500個も集めなければなりません。

 

にーさんが気にしそうだな、と思ったら、やはり、

「ヤマネのだけめっちゃ高いじゃん」と。

 

そうなんですよね。

5000円のプレゼントと500円のプレゼントを交換するようなものなのです。

ヤマネくん損してる、なんて思う気持ちが生まれてくるのも無理はありません。

 

そして読み進めるうちにクマさんはどうやらどんぐり集めが下手らしい、というのが分かり、つまりは、

お金持ちの5000円=貧しい人の500円

という感じで、身を切る痛みは同じ程度なので、納得!と思います。

 

……いやいや違うって!

 

大切なのは、金額でも、それを得るのに払った労力の大きさでもない!!

 

資本主義の犬になっている私。大切なことを見失うところだったよ。

 

お金はともかく、相手のためにした努力や犠牲は、ついつい相手を想う気持ちと等しく感じてしまうものです。

でも、大切なのは、相手が喜ぶことを願ったり、相手にあげたいという自分の気持ちです。シンプルにそれだけ。

 

思いついたプレゼントが高ければ、努力しなければならないし、安くても相手を想って選んだのならそれでいいのです。

 

2人は、店で品物を選んでいる時にお互いの姿を想像しています。その想いが何よりも大切。

2人の友情の深さは途中の場面でもよくわかります。クマさんの後ろ姿を見ているヤマネくんにじんわりします。

 

そして、そんな2人を見守る森のみんなもとても温かく、ほんわかと心温まるお話です。

 

この後、みんなは冬眠するのかな。

私も冬眠したいなぁ。

ふゆじたくのおみせ (日本傑作絵本シリーズ)

ふゆじたくのおみせ (日本傑作絵本シリーズ)

 

 

 

空高く上がる風船を覚えていますか?「あかいふうせん」

こんにちは。

週末はひめの幼稚園の発表会でした。あまりにも楽しそうに踊るひめに元気をもらったくるみです。

 

今日はクリスマス会の装飾に使おうと、赤と緑の風船をダイソーで買ってきました。

私が子供の頃は、風船といえば、お祭りやデパートなど、お出かけでもらえる特別なものでした。

(今でもヘリウムで浮かんでいる風船は特別ですが。)

 

色とりどりの中から1つの色を手に入れた時の嬉しさと裏腹に、手を離したら飛んでいってしまう危うさに怯み、ひもを手首に何重にも巻き付けて持っていた記憶があります。

割らずに飛ばさずに持ち帰れて、天井に放った時の安心感といったら。

こんな記憶は私だけでしょうか。

 

当時、風船を配っているような場所では必ず、空を見上げると誰かの手からするりと抜けてしまって上がっていく風船の姿がありました。

 

今は風船が飛んでいかないように配られる時に必ずプラスチックの持ち手が結んであるような気がします。

今思えば、もらった後に何か重しに結んでおけば良かったんだと思います。

 

あの頃のように、紐だけで渡される風船は最近は見ません。

そういうわけで、空高く上がっていく風船も見ません。

 

少し残念です。飛んでいくのを見るのが意外と好きだったのです。(無くしてしまった子には悪いけど)

小さく小さくなっていく風船を点になって見えなくなるまで、どこまでいくのだろうと思いながらずーっと見ていました。

(あれは本当にどこまでいくのでしょう?気圧の変化で破裂するのかな…そしたらゴムが落ちてきて事故になったりはしないのでしようか…)

 

今日はそんなことを思い出した、飛んでいく風船のお話です。

 

風船を手放す寂しさ

屋根の空いた黄色いバスに赤い風船を持った女の子が乗ります。ところが、途中で飛んでいってしまう風船。バスはバス停でいろいろな動物を乗せつつ、風船を追いかけていきますが…赤い風船に追いつくことはできるのでしょうか。

 

まずは、絵に吸い寄せられました。

動物たちも風景もリアルではなく、媚びた可愛さもなく、淡々として、イラストのような不思議な絵です。

色使いが優しく、どこか物悲しいです。

 

文章も物語もシンプルで、それだけに、最後の展開が心にぐっときました。

寂しいまま終わりそうな世界がぱっと明るくなります。

 

子供たちには、いろいろと納得いかない部分があるようで、にーさんはツッコミまくっていました。

 

「みなかった?って、自分たちも見えてるでしょ」

「雨降ってないのになんで傘?」

「きりん、風船とれたんじゃないの?」

などなど…

 

おっしゃる通り。言っていることはわかるのですが、そういう細かいことを気にする絵本ではないのでしょう。

 

手元にあるものを失うという無常感。

届かないものを追う虚しさ。

たくさんの景色と増えていく仲間。

得られたものの美しさ。

明るい明日の予感。

 

不思議と、読後にじわじわと心に響いてきます。

 

失敗をしないように予防することに力を入れる世の中で、飛んでいってしまう風船の寂しさが少し懐かしく、愛おしくすら感じてしまう絵本でした。大人の方も是非。

 

あかいふうせん

あかいふうせん

 

 

1歳児の可愛さ全開「おいしいなうれしいな」

こんにちは。

また風邪をひきました。去年に引き続き体調不良が続くくるみです。

 

微熱が続き、お腹はすくのだけれど、食べたいものは思いつかない、という状態で、食べることが人生の楽しみの半分を占めている私にとって、ぽっかり穴の空いたような日々です。

 

そう書いて、よくよく考えていたら、食べることが楽しみの半分だったのは、数年前までで、今の私には当てはまらないかもしれないと、気付きました。

 

妊娠時の壮絶なつわりの影響か、年齢のために摂取エネルギーが減ったせいか、ここ数年は、あまり食べることに執着していない私がいます。

子供たちに合わせなければならない食事情もあるのかもしれません。

 

たまに、少しの美味しいものが食べられればいい(充分贅沢)。自分よりも子どもたちの美味しく食べる笑顔が見たい、とお婆ちゃんのような心境になっています。

 

そんな私に、子どもたちの姿がまぶしい今日の絵本です。

 

おいしくてうれしければそれだけで

いただきまあす。おててで、おさじで、嬉しそうに食べる1歳児。まだまだ手もとがおぼつかないものの、一生懸命食べる姿に食べる喜びが伝わってきます。食べ終わった笑顔に癒やされる1冊です。

 

表紙の可愛い笑顔につられて手にとりました。

 

手づかみで人参にパクつく姿や、慣れないスプーンの持ち方、口元や服にもついたごはんつぶ、むちむちとしたほっぺや腕。

 

ああ、懐かしい!

「ゆうちゃんは1さい」シリーズということで、ちびより幼い子向けでした。

1年でこんなに成長したんだなぁ(手づかみ食べはなかなかやめないけど(汗))と、感動しつつ、食べる喜びがストレートに伝わってくる可愛い姿に癒やされる絵本でした。

 

にーさんもひめも「〇〇ちゃんより小さいね」と気付いた上で、隣の子のお皿から奪う子を見て「〇〇ちゃんみたい」とやっぱりちびと重ねて読んでいました。

 

「1歳だけど、お皿ぴっかぴかにしてるよ〜!」と言うと、なかなかきれいに食べられない我が家の子供たちはみんな目を反らしていました(苦笑)

 

2歳、3歳シリーズもあるようなので、読んでみたいです。

おいしいな うれしいな (ゆうちゃんは1さい)

おいしいな うれしいな (ゆうちゃんは1さい)

 

 

しーらんペッタンゴリラ!って昔からあるんだ「おっと合点承知之助」

こんにちは。

近所のお友達が朝から網戸を外してガンガン大掃除を進めているのを、焦る気持ちで眺めつつ普段の家事で手いっぱいの1日を過ごしたくるみです。

今年は大掃除でやりたいことをリスト化して子どもたちにも好きなものを選んでもらい、一緒に掃除できたらいいなと企んでいます。(まずはリストアップしなきゃ(汗))

 

さて。

ひめの年中の時の担任の先生は、「おはヨーグルト」「ありがトマト」などと言って、いつも明るく、子ども達に大人気の先生でした。

その影響で我が家でも付け足し言葉が流行った時期がありました。

 

ただのダジャレと言えばそれまでですが、言葉遊びはコミュニケーションの1つだと思います。

ぎすぎすした関係の中では、「おはヨーグルト」は言えません。

 

人は、意味としての言葉のやり取りだけでなく、一緒にリズムを感じたり、元気付けたり、親しさを表したりするのにも言葉を使います。

言葉遊びは日常に小さな光を与えるものなのかもしれません。

たかが言葉遊び、されど言葉遊び。

 

今日はそんな言葉遊びを題材した絵本です。

 

なめてはいけない言葉遊びの力

おじいちゃんと子どもが忍者ごっこをしながら、「驚き桃の木山椒の木」「その手は桑名の焼蛤」など、付け足し言葉でやり取りします。途中であれあれ、おじいちゃんが…!?ストーリーも楽しい言葉遊びの絵本です。

 

「おっと合点承知之助」

声に出してみるとなんて口馴染みがいいのでしょう!

誰が考えたのか、語呂がよく、ついつい口に出したくなるものばかり。

昭和生まれの私は、ほとんど知っていたのですが、にーさんが学校で覚えてきた「しーらんペッタンゴリラ」が載っていてびっくり!

てっきり現代の言葉なのかと思っていたら昔からある言葉なのですね。皆さんは使っていましたか?私は知らなかったです。

 

教科書や辞書に載るような言葉でないのに、リズムが良かったり、覚えやすかったりして、途絶えることなく口から口へ受け継がれてきた言葉たち。

「いーけないんだ いけないんだ♪」や「おまえの母ちゃんでーべーそ」なんかも、今もまだ現役で使われているんだと驚いたことがありますが、生き残るにはそれだけの言葉の力があるのでしょう。

 

この本を読んだら、実際の桑名の焼きはまぐりや築地の御門跡を知らなくてもついつい口にしたくなってしまいます。

 

にーさんとひめはは意外とおじいちゃんとの忍者ごっこのストーリーに夢中でしたが、「しーらんペッタンゴリラ」のページでら「知ってる〜!!」と大盛り上がりでした。

逆に言うと他は馴染みがないのか。(にーさんは聞いたことがあるものもあったようですが使っているのはこれだけのようでした。)

 

こんな言葉が廃れていくのは寂しいなと思いつつ、使うと鼻で笑われそうな今の時代の感じを思うと仕方ないような気もします。

 

言葉は時代とともに変化していくものです。

 

今の時代は、無駄と思える物を削ぎ落としていこうとする力が強いのかな。

でも、無駄にこそ、温かみや人間らしさが出ることもあります。

品よくユーモアはあるけど意味のない言葉が、力を持って生き残っていって欲しいなぁと思いました。

 

「あたりまえだのクラッカー」とよく言っていた母と、それを「なにそれ」と冷たくあしらっていた自分を思い出し、なんだか感慨深いものがありました。

皆さんもぜひ、声に出して読んでみて下さい。

おっと合点承知之助 (声にだすことばえほん)

おっと合点承知之助 (声にだすことばえほん)

 

 

月はいつも何をしているの?「もしきみが月だったら」

こんにちは。

おにぎりくらいしかお料理の名前を知らないのに、毎日「きょうのごはんなに?」と聞いてくるちび。「オムライスだよ」と答えたら、「いいものみたい」と、響きだけでいいものと決めて喜んでいて、その言い回しが素敵だなと思ったくるみです。

 

月を見るのが好きなちびは、昼間でも月を見つけようとします。空にうっすらと白い月を見つけると嬉しくて何度も見上げます。

 

建物で見えなくなったり、道を曲がったせいで見える方向が変わったりするのが、まだ予想できないちびは、見えなくなると「あれ?いなくなっちゃった!」と驚きます。

「あっちに見えるよ」と教えてあげると「ほんとだ!こっちにいたのか」とまた嬉しそうに見上げます。

 

そんなある日、「お月さまにバイバイしておうちに入ろう」と言うと、「お月さまはどっちに曲がるのかな」とちび。

お月さまが曲がる、という発想はなかったなぁ。

 

形も見える方角も変わるけれど、毎日のように空に現れる月。

地球が丸いことも知らずにいた時代では、どんなに神秘的に映ったんだろう。

 

私は地球が丸いことも月が地球の衛星であることも知ってしまっていて、もう知らない状態には戻れないのだけれど、もし可能なら、何も知らない状態で、月を見上げてあれはなんだろうって思ってみたかったなぁと憧れます。

 

知る前にいろいろと想像することって、知ってしまったらもうできません。

なので、教科書やインターネットでたくさんのことが知れちゃうことは少し寂しいかな、とも思います。

 

でも知ったら知ったで、更にその先の謎や、知った上で考えられることもあって、やっぱり知ることは知ることで楽しいことだと思うのです。

 

今日の絵本は、そんな想像することと知ることの葛藤をしている私にもぴったりの、どっちにも考慮がある、月についての科学絵本です。

 

月はいつも何をしているの?

疲れた1日の終わりに、ぽっかり浮かんでいる月を羨む少女に、月は、こう見えてもいろいろなことをしているんだと語りかけます。もしきみが月だったら…バレリーナのように回ったり、海と綱引きしたり…小さい子でも楽しみながら月について学ぶことができる絵本です。

 

お月さま自身が月の動きなどの月の特徴を教えてくれます。

この絵本、ひめくらいの小さな子には大きな文字で擬人化を使いメルヘンチックな文章を、もっと現実的なにーさんのような小学生にはきちんとした説明書きが少し小さい文字で書いてあり、楽しみ方を選ぶことができます。

 

例えば、物語中にバレリーナのようにくるくる回ると書いてあるページに、少し小さな文字で月の自転に関する説明が書かれているのです。

 

まだまだ夢のある子どもの気持ちに寄り添った工夫が嬉しい絵本です。

説明の方も、子どもが読んでもわかる、わかりやすい表現でとても親切です。

 

我が家では、私は大きな文字だけ読み上げ、にーさんにはページを開いている間に説明を黙読してもらいました。

 

にーさんは最後にボソリと「もうほとんど知ってたし」と。

 

ひめは、海と綱引きするところで、「ほんとにしてるの??」とびっくりしていました。

「綱はないんだけどね」と言うと、キョトンとしていました。簡単な説明で伝えるのはなかなか難しいです。

 

私は、優しいお月さまの表情や、夜空や月明かりの感じなど、絵が可愛くてとても好きでした。

 

ちびは「おつきさま!」と大好きなお月さまを見つけて指差しては去っていき、また通りすがりに「おつきさまいた!」と言っては去っていき…。(ずっとは見続けられず)

 

こうして月目線でまとめてもらうと、月に親しみを感じ、ちびのように月を探して空を見上げたくなります。

 

月と地球の関係の深さとその奇跡を感じ、日常の細々とした悩みなど、吹っ飛んでしまうかもしれません。

皆さんもぜひ。

もしきみが月だったら

もしきみが月だったら

 

 

子育てからすに親近感「からすのパンやさん」

こんにちは。

最近自転車に乗るのが好きなちびは、ご機嫌に自転車の前座席で道案内をしてくれます。「つぎはみだりに曲がって!」…どっちだよ!と思ってしまったくるみです。

 

朝、幼稚園バスのお見送りに家を出ると、時々カラスと遭遇します。

電線にとまっている時はまだいいですが、向かいのお家のゴミ置き場の塀の上(ちょうど私の目の高さほどの位置)にとまっているとドキドキをします。 

全身真っ黒、頭が良さそうで、一瞬の隙を狙っているような眼光に、目をそらし、「わたしは敵ではないですよ〜」の空気を出していることを願いながら、さささーと通り過ぎます。

 

小さい頃にヒッチコックの「鳥」を観てから、鳥に脅威を感じている私は、カラスは恐ろしい鳥の代表格。

身近にいる野生動物としては結構大きいし、本気で一対一で闘ったら勝てない気がしています。

 

そんなカラスですが、このシリーズを読んで数日間は、好意的に見れちゃいます。

 

親近感を感じる子育て中のからす

いずみがもりのパンやさんを営むカラスの一家に4羽の子どもが産まれました。お父さんとお母さんは子育てに大忙しで、仕事で失敗することも増えてしまいました。すくすく育つ元気な子どもたち。失敗したパンをおやつに食べていると…。長い間たくさんの人に愛されてきた絵本です。

 

「これ、小さい頃文が長いなって思ったの覚えてる」とにーさん。

にーさんらしい感想だな。全部真面目に向き合うにーさんにとって難しい絵本は立ちはだかる壁のようなものだったのかもしれません。

 

そうなんです。かわいい絵のわりにしっかり読み応えのある本です。

物語は、仕事と子育てをどっちも頑張るお父さんお母さんカラスの懸命な姿や商売がうまくいかなくなったり、繁盛したり、と童話ながら現実的な内容で、大人が読んでも親しみが持てます。

 

そして、「からすのパンやさん」と言えば、カラスの大群を描く迫力のページも素敵ですが、何と言ってもこれ、パンのページ!

 

見開きいっぱいに並ぶ、パン、パン、パン。

これがまた本当のパンのような焼き色で、パン屋さんに並んでそうな動物パンや、美味しそうな果物パン、ちょっと変わったお釜ぱんなど、とにかくたくさん!見ているだけで楽しいのです。

 

「どれがいい?どれがいい?」と興奮するひめは、ねこパンがお気に入り。

ちびはきのこパン。にーさんはのこぎりパン。

 

小さい子はこのページを楽しむだけでもいいかもしれません。

 

わたしはいちごパンがいいな。

子育てに奮闘するカラスの姿に自分の姿を重ね、カラスのイメージも変わってしまいそうない1冊です。

からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))

からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))