3つのたねに絵本の水を

日々思ったこと、子育てエピソードと共に、3人の子供たち(にーさん(小4)ひめ(年長)ちび(2歳))に読み聞かせた絵本を紹介しています。

自分という存在は他の何よりも奇跡的「自分におどろく」

こんにちは。

いつの間にか献立が曜日でワンパターン化しているくるみです。

ちなみに昨日土曜日は先週と同じ鶏の唐揚げでした…。

 

3連休、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

 

私はというと、にーさんの学校でのトラブルが頭から離れず、鬱々とした初日を過ごしました。

事実を整理して建設的に考えられるときもあれば、それほど問題ではないと楽観的に考えたり、にーさんの性格を恨んでうじうじ悩み始めたり。

大げさではなく四六時中ずっと忘れられず、食欲もなく、半ばノイローゼ気味です。

 

当のにーさんはにーさんで、予想通り情緒不安定でイライラしている様子。

これは家でも問題が勃発しそうな予感。

 

けれど、学校の問題が解決するまでは、家ではストレスを少なくしてあげたいと思い、少しのことは目をつぶろうと思っていました。

 

ところが。

 

事前の打ち合わせ不足でした。

夫がにーさんと衝突し、あげく「お前はどうしていつも素直に『はい』と言えないんだ!!」と怒り心頭です。

 

にーさんは日本で右に出る者はいないんじゃないかと言う程のあまのじゃく。

期待通りの返事など求められません。

注意しても素直に頷かないので、イライラが加速されるのです。

 

なので、わかりますよ。怒らざるを得ない気持ちは。

 

でも「お前はいつも…」は駄目。

人格否定の表現です。 

よりによってこんな過敏な時にそれは言ってはいけないのに!

 

ここからどうやってにーさんの冷静さを取り戻せばいいのか。

どうしたら分かってもらえるのか。

 

必死で考えながら、食事の準備をしていたら、しれっと自分の読書を始める夫。

 

そこで、私の中の何かも切れ、夫に対する怒りがフツフツフツと沸き溢れ出し、

「私は食事も喉に通らないくらいずっと考えてるのに感情に任せて怒ったあげく好きなことをしてるなんて!!」

と、爆発しかけたその時。

 

ふと、みんな同じだ、と気付きました。

 

にーさんが怒られたきっかけはおなじみのひめのわがままを許せず、嫌がらせしたこと。

夫はそんなにーさんを許せなかった。

そして、私は今、そんな夫を許せないでいる。

 

許すということ。

親ができないことを子供に求めてできるようになるものなのか…

 

他人を変えたいならまず自分を変えなくてはいけない。

 

怒りを何とか鎮めて冷静に、夫を呼んで、「いつも」という怒り方はよくないこと、怒りすぎたことを謝り、ひめに優しくしてくれると助かることをにーさんに伝えるようにアドバイスしてみました。

 

結果。全てが丸く収まり、にーさんからは「僕もごめんね」という奇跡の言葉が飛び出し、私の心も少し平穏に戻りました。

 

そして、いつになく仲良く夕飯を食べることができたのです。本当に嬉しかったです。

 

毎回こんなに上手く解決などできないのですが、たまにでもこんなことがあると、自分も成長しているのだな、と感じます。

人間は大人になってもまだ、伸びしろがあるんだと、驚きます。

(それだけ私が未熟だとも言えそうですが…)

 

さて、長々とした前置きになってしまいましたが、今日の絵本はそんな自分の可能性、自分がいることの奇跡を感じられる絵本です。

 

何十億年前からの奇跡

宇宙が広がり地球が生まれ、 たった一つの細胞から進化して、今ここできみが生きている。それはすごいことであり、まさに奇跡と呼べるでしょう。遠い過去に遡り、自分という存在におどろき、未来を描いてみましょう。

 

この本は文庫サイズで絵本らしからぬ見た目です。

もともと子供向けではないのかもしれません。

実際、うちでもまだ子供たちに読んであげていません。

コウノトリでは説明できない生命誕生のメカニズムが明記されているからです。

 

けれど、子供たちにもいつかは読んで欲しいなぁと思う1冊です。

私達の身体には宇宙が誕生した時に産まれた水素原子があると、何かで読んだ時と似た、長い長い生命の歴史の物語に対する感動を感じられました。

 

奇跡だから感謝しろとか、そんなことを強要されているわけではなく、ただただ自分が産まれた奇跡に気付き、感動し、自分の存在や他人の存在の存在そのものがかけがえのないものだと思え、些細なことなど何でもないことのように大きな気持ちになれちゃいます。

 

何か悩みに支配されている時に読むと、悩みなんて大したことだと思えるかもしれません。

 

タイトルも秀逸で、まさに自分に驚く体験になると思います。

大人の方も是非。

自分におどろく

自分におどろく

 

 

成長の明るいビジョン。子どもの成長に重ね、色鮮やかなチョウを夢見る「はらぺこあおむし」

こんにちは。 
健康診断で心電図を測った後、「過去に何かスポーツをされていましたか?」と聞かれるのはなぜなんだろうと思うくるみです。
毎回聞かれるのですが、何かおかしな特徴があるのか…聞けないでいます。

先日、息子の小学校から電話がかかってきました。
お気楽に「怪我か?熱か?」と思って出てみたものの、どちらでもなく、生徒間トラブルでした。

2年生の時に先生との間でいろいろあったものの、それから何もなく過ごせていたので、そんな可能性自体を忘れていました。
(それだけでも成長したんだと思おう)

対応に悩む、わりと重ための内容だったので、またドーンと落ち込んでいます。

三つ子の魂百までとはよく言ったもので、こんな風にこの子にはずっと手がかかるんだろうな…(困)

でも。

抱っこから降ろすとすぐに起きてしまった新生児期。

その後もずっと寝かしつけに悩まされ、寝ぐずりも半端なかった。

こだわりも強く、テレビや食べ物でもごまかされず、文字や数字の学習能力が異常に早かった。

幼稚園では先生にくっついて離れず友達は全然できないのにクラス全員のフルネームを記憶していた変わった子。

そんな子が今は、友達と一緒に過ごしている。
肩くんで帰ったり、外で遊んだり、家に呼んだり、楽しそうにしている。

10年間。

いびつでもちゃんと成長している。

そのことに感謝して、息子にも自分達にもよくやったと褒めてあげて、今回の件も前向きに取り組もうと思います。

マイナスにばかり目を向けても前に進めません。
自分だけなら立ち止まっても倒れてもいいけれど、子供たちには笑って未来に向かって欲しいです。

開き直らず、過去を責めず、変えられることに対してできることを冷静に考えて、できるだけ笑顔で進みたいです。


今日はそんなことを思っていたら、読みたくなった絵本です。

ちっぽけなあおむしだけど…

暖かな日曜日の朝、卵から生まれたちっぽけなあおむし。お腹がぺっこぺこなあおむしは、月曜日にはりんごを一つ食べ、火曜日にはなしを二つ食べ…。どんどん食べたあおむしは、さなぎになり、そして…
穴開きページや色彩の美しさも魅力の1冊です。

初めのページのあおむしは「どこ?」というほど小さい卵。
そこから生まれた小さなあおむし
それが、お腹いっぱい食べることで大きなさなぎになり、最後は、大きくきれいなチョウになります。

ちびが気になったのはあおむしが果物に穴を開けていく穴開きページ。指を突っ込みたくてたまらない様子です。

小さい子にはたくさん触れても破れないハードブック版が向いているかもしれません。

ひめはもう何回も読んだことはあるはずなのに、たくさんの食べ物が並んだページと最後のチョウに目を輝かせていました。

色彩がきれいな迫力のページは印象に残ります。

にーさんは終始クールに眺めていました。
読んだことある本でも一応一緒に眺めてはくれる小4。感想は言ってくれませんが、わりと楽しんでもらえているのかな…

小さな卵からチョウになるまで。

我が家の子供たちもいまは必死に果物を食べているところでしょうか…
ここからいろんな味を知る思春期を迎え、いつかさなぎになって、そして、チョウになり羽ばたいていくまで、本物のチョウよりずっと長い年月がかかります。

親として、自信を持って羽ばたける心と身体ができるまで、根気よく支え、見守って行かなくては…。

いつか、最後のページのように美しく羽を見られることを夢見て頑張ります。

さすが、たくさんの人に愛され続けている絵本です。元気をもらえました。

自分の成長に重ねても励まされると思います。

はらぺこあおむし エリック=カール作

はらぺこあおむし エリック=カール作

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絵の可能性は計り知れない「なにをかこうかな」

こんにちは。

子供の耳かきをするのが大好きなくるみです。

人の耳かき、楽しくないですか??

 

さて。今日、初めてちびがなんとなく絵のような物を描きました。

クレヨンが大好きなちびは、今までもガンガン描いてはいたのですが(紙でないものにも

!(怒))、描き殴るというのがぴったりの表現だと思える描きっぷりで、とにかく力で強く塗りつぶしていました。

 

それが今日、楕円の1ヶ所がとんがったような、大きな雫のような、おばけのような線を熱心に描いています。

何か描こうとしているのかも??

期待して見つめる私。

 

出来上がった絵を眺めて本人は満足しています。

さらに、ひめが褒めるものだからとても得意気なちび。

 

「すごいね!なにを書いたの??」と聞いてみると、 

 

「おバカさん」

 

と、まさかの回答が得られました。

初めて描いた絵=「おバカさん」

か……

 

イヤイヤ期で言うことを聞かないちびに、「もぉ、だから言ったのにぃ!おバカさん」などと言ってしまっている私のせいですね。反省。

 

子育ては時に残酷。子供は自分の鏡です…

 

ちなみに、「おバカさん」とは、クリストファーロビンがくまのプーさんに愛情を込めて言っていたのが可愛くて、ついついそのイメージで使っちゃっている言葉です。(あれはほんとに可愛いんです!)

 

そんなちびの話はさておき。

今日の絵本は、絵を描いているうさぎさんのお話。せっかくの絵が…だんだん大変なことになっちゃう面白可愛い絵本です。

 

見たことのない架空の動物が出現

うさぎのビリーが絵を描いていると、動物たちが次々にやってきて、勝手に描き足してしまいます。みんながそれぞれ好きなように書き足した結果とんでもない絵に…。絵を描くことの楽しさを感じられる1冊です。

 

うさぎのビリーが絵を描いていると、こいぬややまあらし、ぞうなどが次々にやってきて自分の身体の一部を描き足していってしまいます。

ヤマアラシのトゲが描かれた時点で、もはやビリーの描いた絵の面影などなくなっています。

 

ひめは、「ああ!絵が…」と最初の2匹まではビリーを思いやっていましたが、そこからはどんどんへんてこになる絵が面白く、「何描き足す?」とワクワク気分で眺めていました。

出来上がった絵の不思議な動物に、絵が苦手なにーさんも苦笑い。

 

改めて描き直した最後のビリーの嬉しそうな顔がこれでもかというくらいのハッピーエンドです。

 

紙の上の変な動物、それはそれでとても魅力的でした。

実在しないものも描けちゃう絵の懐深さについて感心している私は置いといても、とっても可愛く子供たちに喜ばれる絵本だと思います。

 

変な動物を見てやって下さい。

なにをかこうかな

なにをかこうかな

 

 

子供に必要以上に怒ってしまった日にもおすすめ「かいじゅうたちのいるところ」

こんにちは。

台風の次は地震…日本各地で災害が続く中、なぜだか免れている東京は、嵐の前の静けさではないかと不吉な予感がしてしまうくるみです。

何もできない不甲斐なさと普通の暮らしをしている罪悪感、明日来るかもしれない災害への不安の中でできることは、大した額でもない募金と、防災対策を見直すこと、そして感謝を持って1日1日過ごすことくらいでしょうか…

それなのに、そんなことを思ったのも束の間、10歳児の反抗や2歳児のわがままにイライラして過ごしてしまった1日。自分の器の小ささに嫌気が差します。明日は主人も休み。少しでも感謝を持って穏やかに笑顔で過ごしたいです。

 

そう、気が付けば毎日1回は、注意のレベルではなく、子供を叱りつけている私。

怒っているのではなく叱っているつもりなのですが、時々それも怪しくなります。

穏やかに理由を説き、注意することからスタートしているのですが、口答え(にーさん)、すぐ忘れてしまう(ひめ)、通じない(ちび)という反撃を受けてだんだんとイライラが増し、威圧的な口調でどなることもしばしば。

そして、時間が経って振り返った時、そもそもそんなに怒ることだったかな、と反省するのです。

 

子供の頃、私は場の空気を読む子で、あまり怒られない子供だったのですが、怒られた時は上手く謝ることができず、長引かせてしまった記憶があります。

途中から何について怒られていたかもよくわからなくなり、とりあえず許してもらうことが目的になってしまい、反省している態度にはなかなかつながらず、ドツボにはまり、最終的に思うことは「お母さんは私が嫌いなんだ」ということでした。

 

いじけながら見つめる視線の中でキッチンに立つ母の後ろ姿が記憶にあります。

 

親の気持ちも経験した今ならあの頃の母の気持ちもわかります。

 

なんで、何でもかんでも自己否定に飛躍してしてしまったんだろう。今考えるとよくわかりません。

子供の思考回路は大人になるとわかってあげられないのでしょうか(私の記憶力が弱いから?)。

まだ未成熟で自分のことしか考えられないからか。親という存在が世界の大半を占めていたからかな。

 

にーさんが私と同じように、1つの事象について注意されたのではなく、自分を否定されたと思ってしまう傾向があるので、今までもどうすれば上手く伝わるのかを模索してきました。

あの頃の私に聞いてみたい。どう言って欲しかったんだろう。

 

今日の絵本は1つの親子の理想形を示してくれます。

近いから衝突するけれど、お互い距離を置いてまた許せることが家族なんだな、と思える絵本です。

 

マックスの冒険と帰還

いたずらっこのマックスは、おおかみのぬいぐるみを着て大暴れ。怒ったおかあさんに夕飯抜きでほうり込まれた寝室が、いつの間にか森や野原になり、ボートに乗って着いたところはかいじゅうたちのいるところ。かいじゅうたちと過ごしたマックスがもどってくるとそこには…子供の想像力の壮大さとお母さんの愛情の温かさを堪能できる1冊です。

 

この絵本、ずっとうちにあったのですが、ひめが怪獣の絵を恐がって読めなかったのです。

それがなぜか、気が変わり読んで欲しいということで読みました。

 

確かにこの怪獣たち、大きいし、奇妙な黄色い目、爪も歯も尖っているし、ウロコがあったり、角があったり、トサカがあったり。

恐いと思うのも無理はないな、と思うのです。

 

でも、マックスと一緒に踊ったり木にぶら下がったりする姿を見ているうちにいつのまにか、なんだか愛嬌ある可愛い姿に見えてきちゃうのです。

 

怒られて入れられた寝室で、想像の冒険の中、王様になっちゃうオレ様感いい、すっかり楽しんじゃっているマックスは全然反省していないように見えます。

けれど、そんな冒険もやがて飽き、少し寂しくなり…

 

子供の豊かな想像力、無邪気さ、未熟さを思い知らされるとともに、大人になると忘れてしまう子供の世界を垣間見た気持ちになります。

 

そして、最後のページ。

絵のない白いページにぽつんと1行。

 

今回読んでその1行に鳥肌が立ちました。

 

いつでもおかえりと言ってくれる母親の存在。

 

どんなに暴れて怒られても待っていてくれる人がいるという安心感。

 

そんな存在になりたいです。

 

お母さんに嫌われているなんて思わせてはやっぱり良くないのだと、その子に合った方法で愛情を伝える努力をしなければと思いました。

 

子供たちはというと、怪獣たちと過ごす字のないページが楽しかったようで、食い入るようにとても真剣に見ていました。

ジャングルの匂いがしてきそうな躍動感を感じるページです。

特に男の子は気に入る子が多いのではないでしょうか。

 

必要以上に怒ってしまった日にもおすすめの1冊です。

かいじゅうたちのいるところ

かいじゅうたちのいるところ

 

 

コピペ上等。真似ることは学ぶこと「だるまちゃんとてんぐちゃん」

こんにちは。

皆さんお変わりなく過ごされているでしょうか。

昨日は尋常ならぬ風の音にビクビクしていたのですが、そんな風の比ではないほどの風速だった大阪の被害状況をテレビで見て愕然としたくるみです。

 

台風が来ても家の中なら安全だろうと思っていたけれど、そう思う根拠などどこにもないのだと改めて感じました。

絶対安全などはない。自然災害を前に人間は小さな存在であり、命に対してもっと危機感をもたなければいけないと身が引き締まりました。

 

被害に遭われた方にお見舞い申し上げるとともに、少しでも早く穏やかな日々が戻りますようお祈りいたします。

 

さて。最近のちびは以前にも増してひめの後を追いかけ、真似してばかりいます。

ひめがリュックを背負えば自分も背負いたがり、ピアノを弾けば、ダイニングのイスをずるずる引きずってきて隣に置いて座り、低音をでたらめに鳴らします。

 

不思議とにーさんの真似はあまりしません。

年が近いせいか、同性だからか、ひめの真似ばかりです。

 

そのおかげで、サンダルやズボンを履けるようになったり、手遊びを覚えたり、どんどんと新しいことを吸収しています。

「真似る」と「学ぶ」は同じ語源からきていると聞いたことがありますが、本当に真似ることは学ぶことなんだなぁとちびを見ていると思います。

 

今そんな風に思っている私ですが、実は最近まで「真似ること」にいいイメージを持っていませんでした。

というのも、私の母が人の真似をすることを嫌う人だったからです。

「〇〇ちゃんのような格好がしたい」と言えば「人の真似をしても似合わない」と言われ、絵や作文なども、真似をしないで自分の力で書きなさい、と教えられました。

とにかく人に流されたり影響されることを嫌っているように思いました。(私がそう感じていただけかもしれません)

 

けれど最近になって思うことは、真似ることから始めた方が、結果として個性を出していけるのではないかということです。(母を批判したいわけではないのですが)

 

最初からできてしまう天才タイプは別にして、私のような凡人は何に関しても0から何かを生み出すことは難しかったように思います。

最初は完全コピーでもいいと思います。向上心さえあれば人はそのままではいられないものです。

 

例えば、服装にしても、いいなぁと思う人のコピーをしてみることで、この色は似合わないから違う色にしてみよう、この体型では違う丈の方がいいのではないか、など、発展していくのではないでしょうか。

 

作文や絵にしてもそう。

読書感想文など、正直最初は上手な人のコピペでもしてみるといいと思います。

そうしたら、どういう風に書くといいのか大筋を掴め、そこから少しずつ、しっくりこない文言を変えていき、ケースバイケースで構成を変えていき、オリジナルの文章を作ることができる気がします。

 

というわけで、私は子供たちに難しくてできそうにないことはとにかく真似てみることを薦めています。

 

今日は、友達の物が素敵に思え、真似したくなっちゃう子どもの心理を描いた可愛い作品です。

 

真似したい!とことん真似しちゃおう!

だるまちゃんは、友だちのてんぐちゃんのちょっと変わった持ち物が欲しくてたまりません。お父さんが持ってきてくれたものでは納得いかず、自分で工夫しながら手に入れていくだるまちゃん。最後には、てんぐちゃんの長い鼻が欲しくなってしまうのですが…。だるまちゃんは手に入れることができるでしょうか。

 

友達の持ち物を羨ましくなってしまうだるまちゃんですが、その希望を叶えてあげようとたくさんの品物を並べるお父さんの姿に愛を感じます。

それが、だるまちゃんの希望とは少しズレているのもユニークです。

 

だるまとてんぐというキャラクターのチョイスといい、

ふーん。いいものだね。

という話しぶりといい、なんだかほのぼのします。

 

また、てんぐちゃんの対応がとても優しいので、だるまちゃんが真似したくなっちゃう気持ちもわかります。

ただ羨ましさだけでなく、友だちとお揃いになりたいという気持ちもあるのかもしれません。

 

最後には、可愛いにせてんぐになっただるまちゃんとてんぐちゃんが仲良くにこにこしている様子が可愛くて大好きです。

 

ひめはずらりと並んだ品物を見るのがとても楽しかったようです。

シルクハットやコック帽…いろいろな形の帽子。眺めているだけで楽しいです。

 

工作好きのひめは普段からラップの芯で掃除機を作ったり、輪ゴムでギターを作ったりしているので、だるまちゃんの創意工夫にも興味津々でした。

 

にーさんは前に読んだことがあったので、知ってるし、という態度で眺めていましたが、最初に読んだ時は楽しんでいたように思います。

図鑑好きのにーさんのような子にも、並んだ品物は魅力的に映るでしょう。

 

皆さんも、可愛い登場人物にほっこりしてみては?

だるまちゃんとてんぐちゃん

だるまちゃんとてんぐちゃん

 

 

そばで作っているような臨場感「きょうのおやつは」

こんにちは。

明日から幼稚園のお弁当が始まり、早起きできるか不安なくるみです。

夏休みですっかり夜型になってしまった生活を朝型に戻さなくては。

 

さて。お家で子どもと過ごしている方は毎日のおやつをどうしていますか?

 

私は市販のお菓子をあまり食べさせたくないと思って作っていた時期もあったのですが、3人目を妊娠してからキャパオーバーと諦め、今ではおやつと言えばガサゴソと袋を開ける毎日です。

 

子供にとってはおやつも身体を作る大事なもの。

本当は添加物の少ない栄養のあるおやつを用意したいと思ってはや3年…

理想を追いすぎると自滅するので、もうちょっと余裕ができたらぼちぼちまた作りたいです。

 

今日の絵本は手作りおやつがでてきます。大人も惹きつけられる仕掛け絵本です。

 

湯気がたってる!?

片側のページが鏡のように反射する紙でできた絵本です。鏡側のページを90度に開いて絵本を見ると、下のページが映りこんで、絵が三次元的に見えます。卵をわって、牛乳を注いで、…臨場感あふれるおやつ作りを楽しめます。

 

初めて読んだ時、大人の私も「何これ、すごい!?」と何度も眺めてしまいました。

 

鏡のような銀色のページに隣のページが映り込むことで、絵に奥行きが出て、半円が円になり、1人分が2人分になります。

 

鏡のページにも絵があるので、高さの軸も足されて立体的に見え、不思議な世界が出現します。

卵を割っておとしたり、湯気が立ったり、実際にそばで見ているような錯覚を覚えます。

猫と一緒にホットケーキができるのを待っている気分になれちゃうのです。

 

もともと食べ物が出てくる絵本が大好きなひめは、もう釘付けになって、「すごい、どうなってるの?丸になった!」とページを開く角度を変えて楽しんでいました。

 

紙の使い方の工夫でいろいろな驚きを創造する仕掛け絵本の世界。上手いことを考えるなぁと感心してしまいます。猫の存在もとても効果的な絵本です。

 

ぜひ、皆さんも体験してみて下さい。

きょうの おやつは (福音館の単行本)

きょうの おやつは (福音館の単行本)

 

 

やられたらやり返せとはやっぱり言いたくない「せかいでいちばんつよい国」

こんにちは。

一昨日にーさんは10歳になりました。自分の子どもが10代という衝撃に打ちのめされそうなくるみです。

 

今日もにーさんとひめは小さなことでケンカをしていました。

 

ひめが女子特有の口の達者さでちくちく→

にーさんのイライラが溜まる→

にーさんが爆発して攻撃(といっても軽く叩く程度)→

ひめがそんなに痛くなさそうなのに大げさに泣く→

泣き止まず訴えるので仕方なく私が仲裁に入る→

にーさんはそんなに強くぶってないし俺は悪くないと主張

まあこんな感じです。

 

正直、にーさんの攻撃は弱かったし、イライラの中、力を制御したにーさんも偉いとは思います。

ただ、仕返ししてしまった時点で、被害者も加害者もなくなり喧嘩両成敗になってしまうと思うのです。

 

我が家では、仕返しは全面禁止。

やられたらやり返す、はなしです。

 

けれど、にーさんが小学生になり、同級生のママ友と話していたら「やられたらやり返せ」と教えている家も半々くらいの割合であると知り、驚きました。

 

理屈としては、黙ってやられていたらなめられる、男たるものケンカして強くなる、という理論らしいです。

 

私は自分の考えに自信のないタイプなので、それもそうかなと悩みました。

男子の世界では、ケンカして傷だらけになってまた仲直りする、そんな友情もありそうだし(実際には見たことはないのだけれど)。

話し合ってわかる人ばかりでもないのも事実。「やめて」と声をあげている間に刺されるかもしれません。

 

でも。

私としてはやはり、やられたらやり返すは何か違和感があります。

やられてやり返していたら、きりがありません。力尽きるまで戦うのみです。

そして、武力がある方が断然有利の理論です。

 

黙ってやられているのはもちろん違うと思います。嫌な時は嫌だと主張することが大事です。

ただ、不満を伝える手段として、シンプルな暴力より、その他の手段はなかなか難しく、どうしたらいいかわからないままに黙って泣き寝入りせざるを得ないこともあるでしょう。(だからやられたらやり返せというのかもしれませんね。)

なので、主張しても相手にどうしても伝わらない時は、場合によっては第三者の介入も必要だと思うのです。

けれど、子どもの世界ではチクるのは卑怯だというような価値観があります。

 

大人になって暴力を奮われたらすぐ警察に通報するのに不思議だなぁと思います。

 

世界に目を向けても、いつの時代もなくならない戦争や差別。

戦争のない日本でも虐待やいじめなど、なくなることはありません。

大人になっても結局は同じ問題を抱えて生きていかなくてはなりません。

 

ペンは剣よりも強し、などの言葉のように、たくさんの教訓があるのに繰り返される暴力。

 

何ができるわけでもないですが、仕返しや自分の信じる正義のためなら暴力も良しと初めから子供に教えるのは抵抗があるのです。

(弱肉強食の世の中でそんなことを言っていたら生きてはいけないのかな…という迷いもありつつ)

 

今日はそんな報復論も含め、大人も考えさせられるお話です。

 

大きな国に来たら幸せ?

自分の国に来れば誰もが幸せになると思い、世界中を征服していったある大きな国の大統領。最後に残った小さな国に兵隊を送ります。けれどもその小さな国は戦う気はなく、大きな国の兵隊たちは歓迎されました。やがて兵隊たちは小さな国での暮らしを楽しみ始め…可愛い絵で描きつつもシニカルに問題を投げかけてくる絵本です。

 

大統領は自分のため、富のために戦争をしに行くとは言っていません。

あくまでも、自分の国にくればみんなが幸せになれるという大義名分です。

そして国民もそう思っています。

 

正義とは絶対的なものなのか。自分がそう信じているだけではないのか。

正義的なものの胡散臭さを感じます。

 

大統領は落ち込む様子もなくずっと勢いがあり、大統領の考えが間違っているとも明確には書かれていませんが、小さな国の人々が幸せそうに暮らす姿で薄々気付くことができるストーリー。シニカルな運びです。

 

小さな国と大きな国の関係はどうなったのでしょうか。

そのあたりは曖昧なまま終わってしまいます。考える余韻を与えるためなのでしょうか。

 

子供にはどう伝わるのかなと思ったのですが、初めから戦争をする勝手な人として大統領を捉えていたにーさんは、読み終わると「小さな国の文化が伝わったんだね」と少し嬉しそうでした。

 

それぞれの国の文化を尊ぶことや価値観の違いを認めることが大切であり、戦争はその感覚が欠如していると起こるということを、なんとなく感じたのではないかと思います。

 

そしてもう1歩進んで、人と人の関係でも同じことが言えると思えれば嬉しいです。

個人個人、他者と他者。

価値観が違うこと。違ってもいいこと。押し付けないこと。違いを楽しむこと。

私自身、実践できているかは怪しいですが、大切にしたいことです。

 

この絵本、絵はとても可愛いので、ひめも楽しく読めました。征服に行く様子も、くるみ割り人形のような衣装の3頭身ほどの兵隊さんが行進していて、可愛らしいです。(表紙の絵です)

 

悲惨な描写なしに子どもと一緒に戦争で失うものについて考えることができる絵本です。

せかいでいちばんつよい国

せかいでいちばんつよい国